中国での民家の研究〜内容編〜

中国での研究

私が大学院生の頃(2010-2012年)に中国湖南省湘南地域において少数民族、瑶(ヤオ)族の民家を研究する機会を得た。
この研究は私が民俗学や言語学に触れるきっかけとなり、その過程で様々な視座を与え知らず知らず身につけていた思い込みを改めてくれた。
備忘録として研究の内容のみならず、その時難しく思っていたことや学んだことを振り返りたいと思う。今回は内容編。
ここ最近の情勢から調査へ行くこと自体が難しくなっていると思うが、今後海外で民家や集落調査などをしてみたい方の一助になればと思う。

0.用語の整理

民族
精選版日本国語大辞典によると
同じ文化を共有し、生活様態を一にする人間集団。起源・文化的伝統・歴史を共にすると信ずることから強い連帯感をもつ。形質を主とする人種とは別。

とある。民族と聞くと血統の話のような印象がある方も多いと思う。私もそうであった。しかし調査を通した経験からも血統云々ではないと実感した。以下の漢族の説明にあるように民族は時の為政者の力などにより異民族を取り込み移動、拡大することがあることからも上記の定義は的を得ている。

民族と同じ読みで「民俗」という語がある
「民俗」は
精選版日本国語大辞典によると
人民の風俗。民間の習俗。住民のならわし。
「風俗」は生活上のならわし。しきたり。風習。
「習俗」は世の中の習慣や風俗。風習。ならわし。

とある。民族とは違い、ある文化や生活様式・思想から生じるというより、自然発生的な地域の風習を指している。

瑶(ヤオ)族
中国湖南省から雲南省、東南アジア北部の山地に広く住む少数民族。湖南省の山地住民の子孫であるという説が有力で焼畑を営み移住により南方へ広がったとされている。親族組織は父系の性を引き継ぐ父系出自を理念としている。犬が祖先であるとする神話を持つ。
瑶語を話す。瑶語は大きく勉・金方言、藻敏方言、標交方言に分けられ、調査地の湖南省江華ヤオ族自治区では勉(ユーミエン)方言が見られた。
民族衣装を持ち、衣装の色によって瑶族をさらに細かく呼び分けることもある。調査では年配者が着ている姿を見た。日常的に着ている様であった。

漢族
中国は国民を漢族とそのほか55の少数民族に区分しており、漢族は中国の国民の約91%を占めている。漢の時代に劉邦が中国の西部にある漢中にて漢王になった後、漢朝(BC206〜AD220)を建国したことに由来する。その後幾度の民族融合および異民族の漢化を経て東西南北へ拡大し、現在の漢族を形成した。

漢化
漢族文化に接触することでその他の少数民族が漢族化すること。商売、婚姻、などの文化的接触によって進んでいる。この調査でも漢族の大工が瑶族の民家を建設しているという事例が聞かれ、漢族の建設技術が瑶族の民家に入り込むことによる民家の漢化が起きていると見られる。

語・話
言語学調査では異なる地域の人が予備知識なしで聞いて、互いに通じない場合にそれらは別の「語」と判断する。
ユネスコの見解では日本国には日本語、アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語の8つの言語がある。宮古の人と那覇の人は地元の言語で話すと会話ができないということである。
また、概ね通じる場合には「方言」と分類する。例えば、博多弁と大阪弁は会話が概ねできるのでどちらも日本語の方言である。
中国の言語を分類する際に方言は◯◯話と表現する。地域の共通語を官話といい調査地域の官話は西南官話と呼ばれている。調査地の瑶族は瑶語の勉(ユーミエン)話を使い、中国語の方言である西南官話とは異なる言語である。

1.研究の背景
定住化、漢化、近代化により瑶族の民家に見られる民族性がわかりにくくなっている。下の写真は非瑶語話者と瑶語話者の民家であるが外観からは違いがわからない。また既往の研究では地域の特徴と民族の特徴が未分化に語られている。

2.研究の目的
湘南地域の地域的傾向を把握した上で「湘南瑤族の民族性に根ざした民家の造形」と「湘南瑶族の空間の認識のしかた」を考察すること。

3.調査地概要
下の図は言語の分布を示した図である。湘南地域は多様な言語の分布がみられる文化の混在が複雑な地域である。地域の民家の特徴を知るために瑶語話者の民家だけでなく、可能な限り多様な方言(土話、都話、陽山話、保慶話、船上話)話者の民家をしらべた。
※1言語分布地図

立地と構造形式に相関が見られ、立地によって構造形式が異なるため都市部、農村部、山村部の異なる立地条件で調査を行なった。

4.調査内容
4-1.民家の図面採集
・平面図、断面図をとり間取、構造を把握する。

4-2.展開写真を撮る
・部屋ごとの利用実態の把握

4-3.聞き取り
・部屋名…部屋の認識の把握
・家族構成…誰がどこを使うかを把握
・人ごとの寝る部屋…序列の有無の把握

4-4.言語調査
言語と文化・民族は密接でありこの調査では居住者の言語を言語学チームが聞き取りどの方言に属しているかが確認した。

5.研究の手法
5-1.瑶族の民家に見られる地域的特徴と民族的特徴の整理
様々な言語話者の民家を調べると地域的な傾向ととれることがあり、それらには既往研究で瑶族の特徴として語られていることも見られた。地域的特徴と民族的特徴を整理し、瑶族民家にしか見られないことは何であるかを確認する。

5-2.部屋名の言語別分類
民家の間取りは似通っており、備わっている部屋の機能も似通っているが、聞き取った部屋名を比べると同用途の部屋名には言語によらず共通するものと言語によって異なるものが見られる。瑶族の民家の部屋名とその他の言語での部屋名を比べて、部屋名が瑶独自のものであるのか借用のものであるのかを確認する。

6.民家の地域的特徴と民族的特徴
6-1.瑶と瑶以外の民家両方に見られた点(湘南地域の一般的な民家)(民家の特徴の図の1の領域)
・中央に先祖を祀る部屋がある。神棚は部屋の中央に位置する。この部屋は一つ。この部屋を中心に左右対称に同じ用途の部屋が繋がっていく。そのため間数が奇数になりがち。基本は3間で、親と長男夫婦の2代が住む。親、長男以外に次男が住むなど居住者が多いと5間になる。
・平入で屋根は上記の3間または5間に母屋がかかる。物置などを4間目、6間目に増築する場合は下屋がかかる。
・屋根についてはどこでも木造だが壁・柱は立地によって以下の傾向が強い。
平野部 土造、または土造と木造の混構造
山村部 木造
・囲炉裏とカマドの両方をつかう民家が多数あった。

6-2.瑶以外の民家のみに見られた点(民家の特徴の図の2の領域)
・都市部で煉瓦造、または煉瓦と木造の混構造が見られる
・四合院形式
上記は下図(『中国民居の空間を探る 群居類住— “光・水・土”中国東南部の住空間』より)の漢族民家の特徴として一般論になっている。瑶の多くは山村、平野に居住していることからこの様な都市型の民家に住まう例は今回は確認されなかった。

6-3.瑶族の民家のみに見られる点(民家の特徴の図の3の領域)
・中央の先祖を祀る部屋の神棚が片側に寄っている。
・先祖を祀る部屋が2つある家がある。
・先祖を祀る部屋と隣の囲炉裏のある部屋が壁で仕切られていない家がある。
・先祖を祀る部屋の裏に家長の寝室がある。
・母屋2間+下屋1間の家がある。
・又組架構
・犬の出入り口がある。
・先祖を祀る部屋を大庁【トン・ティン】と呼ぶ
・家長の寝室を間【キン】または【ケン】と呼ぶ

6-4.小結
図の1の領域はヤオの文化がベースであるのか漢化によるものなのかは判断できないが、2の領域に見られる民家と共通しているので、漢化によるものと考えるのが妥当と思われる。3の領域はヤオの民家の特徴と判断して良いだろう。

7.湘南ヤオの文化にさらされた民家の造形
3の領域の特徴を持つ民家は全て都市部から離れた山村の辺鄙な地域に見られた。近代化が遅い地域であることから古い形式を残していると思われる。これらの特徴は漢族の住居を造る理論からは大きく外れている。

中心性が弱い
・2間1室
・中央に神棚を置かない
・母屋2間+下屋1間の家がある

 

拡大家族制の理論から外れている
・分家の際に先祖を祀る部屋が増える
・瑶は本来焼畑を営む移住民であり拡大家族は生活様式に適合しない

8.湘南ヤオ族の空間の認識のしかた
3の領域の特徴を持つ民家ではもちろんのこと2の領域の特徴を持つヤオ族の民家でも同位置、同用途の部屋の呼び名は一致していた。
ヤオの民家にとって大庁【トン・ティン】と間【キン】が空間として重要であると考えられる。
大庁【トン・ティン】と呼ぶ領域は1間分または2間分をさすと聞き取った。間【キン】は神棚が置かれる後ろの部屋を指す。
この2室を構成するには間数は2間で十分であることから、ヤオの民家は2間が基本単位であると考えられる。これは3間が基本の漢族の民家とは構成の理論が異なる。

9.想像される湘南ヤオ族の民家の基本形
調査においては遭遇しなかったものの、上記から湘南ヤオ族本来の民家の構成は図の様なものであると考える。

10.まとめ
研究対象である瑶族の民家だけを調べず、その地域の民家全体を調べ一般性を理解することで、地域的な特徴と民族的な特徴を把握することができ、漢化、近代化のなかで見えずらくなっていた瑶族の民家の本来の構成を考察した。

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